ひとときの宮島星空旅行を“解体”する

今、我々ひとときの宮島星空旅行実行委員会はこのイベントをさらに多くの人たち知ってもらうためにある“仕掛け”を用意している。

 

いかにも今の時代を反映しているものになると思う。

 

 

私たちがイベントの準備を行う上でもっとも大切にしているのは“議論”だ。物事を進める上で異論や違和感があったのでは素晴らしいものは出来ない。だからとことん納得が行くまで議論をする。

 

それはまるでミュージシャンのライブリハーサルのように・・・と個人的には思っている。だから時には声を荒げて自ら伝えたいことを表現しようとする。そしてそれはあとで一抹の後悔すら伴いながら・・・一歩一歩階段を上る。

 

昨日はこんな議論になった。

“ひとときの宮島星空旅行”を解体してみる。

 

ひとときの宮島星空旅行をもう少し詳しくキーワードで並べてみると、、、

 

 

第1章 星空へ向かうゴンドラ編

第2章 光の階段編

第3章 星空の山頂編

東浩紀

大聖院..........

 

 

これをもう少し抽象化してみると・・・・

 

 

 

第1章 ロープウェー

第2章 光・音楽・夜景

第3章 星空

東浩紀 哲学

大聖院 芸術・伝統・仏教

 

 

実に多彩はジャンルが集まって一つになっていることがわかる。

作っている本人たちは決してそれを意識しながらイベントを作っているのではない。

だが、結果として実にアカデミックなジャンルが集まっていることに気が付いた。

 

そしてそれは宮島という存在と、私たち実行委員会の人間の“人格”と無関係ではない気がする。

 

“仏教”にしろ“哲学”にしろメンバーの個性が存在していなければきっとこのイベントには入り込んできてはいない要素であろう。そして宮島にはそれを受け入れる“土壌”が一方で確かに存在しているのである。悠久の歴史の中で個人の“趣味嗜好”という人格と、イベント会場という“場所”が出逢ってしまうのである。

 

これこそが“出逢い”なのではないか。

 

イベント当日、この場所で多くの人がそれぞれの“出逢い”を迎えてくれるのかもしれないと思うと楽しみで仕方がない。